第三.五章「症例」
その患者は「マサビシ脳萎縮性ジストロフィー(略称MBAD)」の一種と診断された。
確実な有効性が確認されている治療法が無い希少難病であるMBADは、症状が現れる箇所が分布的で進行度もまちまちであるという特徴がある。
近年、MBADの原因物質が、過去に世間を騒がせたBSEと同じくある種のタンパク質であると考えられている。しかし一方で、そのタンパク質だけで発症するわけではなく、遺伝子異常による脳内物質の異常分泌が引き起こすレセプタ変質が発症のトリガーになっているとの研究結果も報告されている。どちらにせよ、現在、有効な治療法が確立していないことに変わりはない。
MBADはそれまで正常に発育していた子供の脳が、萎縮というよりは退化し始めるという特異性がある。ただ、他の脳萎縮性の病気と違うのは、脳の大きさが縮まっているにも関わらず脳細胞自体は活発に活動し、その脳神経の回路ネットワークを広げようとしていることが挙げられる。
ネットワークを広げようとする脳が逆に縮んでいく。その矛盾を抱えたこの病気は、十歳以下の幼少に発病し数年以内に死に至る。
今も年に十数例のペースで、新たに発症する子供は確実に報告されている。今はだだ、MBADに名前を冠するMBADの発見機関、マサビシ研究グループの今度の研究に期待する他ないだろう。
某医療雑誌コラム抜粋