第七.五章「再会」
わたしが普通の病棟に移ったのはアレから一年後のことだった。
その一年間、本当に色々なことがあった。
治療チームが変わったこと。
新しい薬を飲み始めたこと。
みんなが死んでいったこと。
つらくて悲しい記憶がほとんどだった。
そんな中、あの死にかけていたジュンがわたしたちとの部屋に移されるぐらいに回復したのは本当にうれしかった。
だけど、わたしはもうあの部屋にいない。
わたしの病状が回復したからと先生は言っていたけど、たぶんそれは違うんだとわたしは感じていた。
わたしがパパの子供だから、わたしは特別扱いされてるんだ。
治る見込みのない病気にかかったので私は一度パパに捨てられた。
でも病状が回復すると手のひらを返したように、周りの人たちがわたしを大事に扱うようになった。
たぶん、パパが何か指示を出したんだと思う。
それでもパパは一度もお見舞いには来てくれなかった。
わたしはそれを悲しいとは思わなくなっていた。
もうパパがわたしを愛してくれているだなんて幻想は抱いていない。
わたしの体を蝕んだ病がわたしに色々なことを教えてくれた。
生きること。死ぬということ。
他人も身内も信用なんてできないこと。
約束を守ってくれる人がいるということ。
不治と言われた病を乗り越えたわたしは、もう普通の子供とは何もかもが違っていた。
考え方も感じ方も、普通の人からみれば狂っているって言われても仕方がないぐらいにひん曲がっているのは自覚していた。
そして、体も普通じゃなくなっていたことも。
私は何でもやり過ぎてしまう体になっていた。
持ったコップは握り潰してしまうし、一歩足を出せば自分で止まれないぐらいに踏み出してしまう。
最初は真っ直ぐ立ち続けることもできずに転んでばかりだった。
その所為でわたしの体は怪我だらけになっていた。
普通の病棟でやっていたことといえば、その怪我の治療と、体を普通に動かせるようにするリハビリだった。
もうあの病気の症状は全く出ていなかった。
数ヶ月経って、わたしは退院することになった。
それと同時に、わたしは死んだママの家族がいるウェールズに移り住むことが決まっていた。
『ほとぼりが冷めるまで日本を離れた方がいい』
パパがそう言ったらしい。
パパと一緒に住めと言われるより何倍もましだった。
ただ、わたしには心残りがあった。
ジュンのことだ。
私と一緒にここを出ようと約束したジュン。
でも退院するのはわたしだけだった。
ジュンとはあの部屋を出るときに別れたきりになっていた。
「もう死んだよ」。そんな答えが返ってくるのではないかと、誰にもジュンのことを聞けないでいた。
退院する前日、わたしは思いきって先生にジュンのことを聞いてみた。
そのとき先生は顔をしかめたけど、数時間後にジュンと会わせてくれた。
ジュンは生きていた。
あの部屋に置いてきてしまい心配したけど、ジュンも回復に向かっているそうだった。
ただ、わたしと会ったジュンは無表情な顔でわたしを見つめていた。
「ジュン。どうしたの? 苦しいの?」
わたしが心配の声をかけると、ジュンは困った顔に変わった。
「……誰?」
わたしは息が止まる思いだった。
「有紗だよ。一緒の部屋だった正菱有紗だよ。
髪の色とか変わっちゃったけどわかるでしょ?」
「ありさ? ……知らない」
ジュンは首を大きく横に振った。
「わたしを知らない……そんな」
そうだ。わたしがあの部屋にいた頃からジュンは不安定だった。
それでもわたしを覚えていないことなんてなかったのに。
「あなた誰?」
わたしが聞き返した
「柚山潤だよ」
柚山潤……。確かにジュンの名前だ。
なのに何か違う。この潤は前のジュンとは違う。
「みんなはどうしたの?」
「みんなって誰?」