エピローグ

「はぁ」

「なんだよ、せっかく見舞いに来たのに」

 白い床、白い壁。
 私の第二の家とも言うべき病院の一室に、私は飽き飽きしていた。

「だって、頴田君のいる学校に行けないんだもん」

 頴田君は苦笑い。
 私が車にはねられたのは一昨日のこと。
 救急車で行きつけの病院に運び込まれた私は、即刻入院させられた。

 医師の診断は骨折三カ所に打撲五カ所。
 頭も打ったかもしれないと、要精密検査の身の上です。
 それでも意識ははっきりしているし、車に見事にはねられたにしては軽傷でした。

 ただ、事故の怪我より、あんな寒空の下で血を吐いても走り続けた所為で内臓がかなり危ないらしい。
 交通事故のくせに内科病棟に入院なんて冗談じゃない。

「今年は留年したくないから早く帰りたいんだけどなぁ」

 そう言ってハタと気付く。
 私って頴田君より一つ上のお姉さんでした。
 今年も留年してしまうと今度は頴田君の下級生になっちゃいます。

「どっちにしろ期末試験は無理だと思うけど?」

「も〜、頴田君わかってない。
 試験なんて赤点取らなきゃいいんです。参加することに意義があるの。
 試験だけ受けれなかったのなら追試してもらえるし、問題は出席日数なの。
 私普段から学校サボってるから危ないの」

 学校には出来るだけ行くことにしているけど、
 私は別に毎日学校に行かなくてはならないと思っているほど真面目っ子でもない。

「さ、サボってる……」

 頴田君が驚きというか、諦めの声を上げる。

「頴田君も、クソ真面目に毎日学校に行くだけが人生じゃないよ。
 あ〜、長期入院して三学期に響いたらどうしよ〜。肺とか胃とか、やばそうだしなぁ」

 私の予想では、今回の入院は三学期になっても退院出来ないでしょう。

「真湖、よく血を吐いてるしね……。そういえば何て病気なんだい?」

「知らない。診てもらったことないもの」

「……え? あ、あれだけ血を吐いて、診てもらってないの?」

「だって病院行くと入院させられそうで……」

「真湖〜、お前」

 頴田君は頭を抱えてる。
 健康な人には病院というところの本質がわからないんですよ。
 ほっといても病院から出頭命令の来るような私は、極力病院になんて行きたくないものなんです〜。

 頴田君の背後のパーテーションカーテンが急に開けられる。
 一般の人には白衣の天使かもしれないけど、私には白い悪魔が現れた。

「真湖さん時間ですよ」

 聞き慣れたナースの声。昔から世話になっているこの病院の内科病棟で私の知らない看護師なんていない。

「はい」

 私は凛と声を響かせる。

「あら? 真湖さん、今日は随分と素直なのね?」

 余計なお世話です、このクソナース。
 小三のとき点滴の針を射すのを六回も失敗された恨みは忘れていませんよ。

「今の私は『いい子』ですから」

 約束したから、頴田君と約束したから。
 頴田君がいる限り私は『いい子』なんですよ。

 私の言葉を聞いて頴田君は苦笑い。

「検査、行ってくるね。頴田君」

 私は優しい笑顔で微笑んだ。


   了




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