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ムルトエの騎士団との戦から一月が経っていた。
クロセリカに戻ったキルビ・レニーは目の回るような忙しさに四苦八苦している。
「ニータ、水道に住み着いた魔獣の件どうなった?」
「昨日向かわせたところです。最低あと三日はかかるでしょう。それよりもクロファリ行路の計画についての話し合いが今日あるの忘れていませんよね?」
『砂漠の雁』の本部詰所でキルビの補佐をしているニータもこの多忙には困り果てている。
『白の塔』という存在、そしてその力を知った彼らは、『白の塔』とその塔への重要拠点としてクロファリ村にも詰所を作り警備することに決めた。
それに人員を割かれるわ、ムルトエ騎士団との一戦の後処理、その間に溜まった一般業務と、やるべきことが山積している。
「会合に行くのは後回しだ。どうせ行っても商人達の商談ばかりで行路維持の話し合いなんて形だけさ。それよりレイモンはどうした。この際あいつでもいい、手伝わせろ」
「逃げました」
「何?」
キルビの眉が跳ね上がる。
「キャロル様のご機嫌を伺いに行くと、言い訳してましたが」
「また礼拝所か! あの子が来てから毎日じゃないか! 後でぶっ殺す」
「まぁ、キャロル様はご老人達にも人気ですし」
「それとこれとは別だ。どうして私ばかりがこんなに働いて、レイモンは遊んでいる?」
「働いているのは私もですが?」
ニータも困り果てた苦笑を漏らす。
「オーディがいれば、もっと助かったんですが」
「いない奴のことを話しても意味ないさ」
キルビ・レニーは暗く、寂しげな顔をする。彼女の言葉にニータも無言で同意した。これからオーディがいない暮らしが待っている。いいかげん慣れないと、とはキルビも思ってはいる。
「元気にしているといいんだが」
「今朝、旅だったばかりですよ。元気に決まってるじゃないですか」
「う、うるさいね。義弟の旅路を心配するのは義姉として当然だろ!」
この人の弟離れはまだまだかかりそうだ。ニータの顔はキルビには見えないようににやついていた。
エルト砂漠の西南にクロフムという町がある。その町への行路に二騎のウズリが向かっていた。ラーヤカンギットの麓を行く山岳の旅路、北に目をやれば、どこまでも広がるエルト砂漠が一望出来る。
そのウズリに跨るのはオーディ・クロファリとコルッシュ・ムジカの二人。
「名残惜しいんか?」
ずっと砂漠ばかり見つめるオーディにコルッシュが声をかけた。
「……そうですね。ずっとこの砂漠で生きてきましたから。でも、よかったんですか、コルッシュさん? 俺なんかに付いて来て」
「何、俺っちは流れの傭兵。ケルケに荷担した分ぐらいは働くきに」
「でも、妹の行き先に手掛かりはないんですよ」
そう、オーディは四年前に生贄に出された妹を探す旅に出たのだ。
確かに四年前に砂漠で死んだ可能性はある。しかし、キャロルが生贄を必要とする存在ではなかったとわかったことで、生きてどこかにいる可能性もあった。
「いいきに、いいきに。飽きたら勝手にどこぞに行くぜよ」
全く、適当な傭兵だとオーディは呆れてしまう。
しかしその腕は確かなのも知っている。命を賭してオーディを助けてくれたことで信頼もしている。これ以上心強い連れはいない。
「ところでオーディ。出立の時から気になっちょったけん。その荷物、ちと多過ぎやせん?」
強健なウズリは物ともしていないが、オーディの騎獣には、長旅には不似合いの大荷物が載せられていた。
「え〜、これはですね。……もう出て来たらどうだ?」
誰に放ったかわからぬオーディの言葉が虚しく風に流れていく。しかし、しばらくすると、オーディの大荷物がうねうねと動き出した。
「な、何じゃき?」
コルッシュがたまげる中、荷袋の口から白い砂が流れ出し、白い少女を形作っていく。その所行、まさにキャロルその人だった。
「じょ、嬢ちゃん。付いて来たんか? じゃきに、出立の時は見送りに来ちょったろ」
確かにクロセリカの町を出るときにキャロルも見送りをしていた。オーディとコルッシュの二人だけで旅だったはずだった。
「オーディ。よくお気付きになりましたね」
「そりゃ気付くだろ。朝起きたら、入れた覚えのない大きな白い石が荷物に入ってたら」
確かにそれは気付くとコルッシュも頷く。
「俺っち達に付いて来ていいんか? 『白の塔』の守護はどげんすると?」
「私が何人にも姿を分けられることをお忘れですか?」
それはキャロルの言うとおりだ。もう二人はキャロルが何人もいるところを何回も見せ付けられている。
「本当に付いて来る気なのか?」
「はい。私が治療したオーディの腕の調子も気になりますし、駄目ですか?」
「駄目ってことはないけど……」
「よかった。四年前お断りしたのがずっと気になっていたのです」
四年前。その言葉にオーディは動悸する。
当然その言葉はオーディに向けられたものだろう。しかし、何のことかオーディは完全に忘れていた。
「それでですね。道中、私の力は当てにしないでください」
キャロルがそんなことを言うので、オーディとコルッシュは顔を見合わせた。
「塔から離れると、私は殆ど力を使えませんから。言ってしまえば役立たずです」
「じゃあ、どうして付いて来たんだ……」
「ちゃんと目的もあるんですよ。私が外界と係わらない間に、どうやら世界は随分変わってしまったようですから、ちょっと見て回りたいのです。それに、可愛い子には旅をさせろと言うじゃないですか」
キャロルは満面の笑みだ。
少女が微笑んでいるのは確かに可愛いのだが言っていることは的外れで、オーディは頭を抱えたくなった。
でも悪くない。
こんな旅路も悪くない。妹が見付かってもこんな楽しい会話が出来るのかな。オーディはそんなことを思うのだった。
*
それは四年前の思い出。一人の少年と一つの少女の形をした物が出会いを果たした夜。
え? ご一緒に?
ふふ。そんなお誘いを受けたのは生まれて初めてです。
残念ながら私は人間とは違います。相容れぬ存在。あなたと共に行くことは叶わぬでしょう。
はい 私は作られしもの。
友達? 私とですか?
……変わったことを言う方ですね。
そうです。もしよろしければ契約しませんか?
ええ、お近付きのしるしに。
もう何百年と空席だった、私の利用者として。
了