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オーディがクロファリ村に着いたとき、既に日は南中を過ぎ、太陽の熱射が砂漠を焼き続けていた。
しかし、吹き荒れるはずの熱風はない。やはり砂漠は静まり返っていた。
キャロルの説明によると、それは『白の塔』が力を失っているからだという。
エルトの気象は『白の塔』が作り出しているのだ。
風が吹かねば砂嵐に悩まされることもないと歓迎したいところなのだが、それでは僅かに降っている雨もなくなり、エルトは真の意味で死の大地に成り果てるという。
それはなんとしても避けねばならない。オーディはムルトエ軍への反抗の思いを大にした。
「けど、静か過ぎる……」
クロファリを囲む岩壁が迫るという場所まで来たのに、村が異様なほど静かなのだ。
それは砂漠が止まってしまっただけでは説明つかぬ。それにキャロルは既にムルトエ軍はクロファリ村に到着していると言っていた。
それならば、この静かさは一体。
「罠……。罠を仕掛けるってことは、誰かを待ってるのか……。俺か……?」
ムルトエ軍は既に村を制圧し静かに敵を待ち構えている。それの他に可能性が思い当たらない。
そもそもムルトエ軍が『白の塔』の占拠を目的としているのなら、その目的は達成されたはずだ。
それなのに一団を率いて、こんな村に何の用があるというのだ。
自らが生まれ育った村の外壁を前にして、オーディは躊躇ってしまう。
しかし、キャロルから頼まれたことを達成するのなら、オーディはクロファリ村に行き、そこに来ているらしいケルケと対峙しなくてはならない。
「時間稼ぎも、頼まれ事に含まれてたよな……」
オーディはキャロルを裏切るわけにはいけない。
腕を切り落とされてまでオーディを助けてくれたキャロル。その右腕も既にない。彼女の腕は砂に還ってしまった。
オーディを村まで運ぶ為、魔法で流砂を作り出したキャロルの右腕は、力を使い果たし崩れ去ってしまったのだ。
しかし、現状で完全に単騎となってしまったオーディに出来ることは少ない。
兵法も多少教えを受けていたが、急に妙策も思い付かない。
仕方がなく、オーディは村の安否を確かめつつ、一人で出来る時間稼ぎをすることにした。
オーディは身を潜めることもなく、クロファリ村の正門に堂々と歩み寄っていく。
すると予想通りに門の陰からムルトエの重騎士の姿が現れた。
数は六人。相手が訓練された兵となると、オーディ一人では立ち向かうのは得策ではない。オーディは得物を構えることもなく、両手を上げて彼らの方へと向かって行った。
「俺を探しているのか?」
「ほう、わかっていて自ら出向いて来るとは、子供のくせに神妙な」
騎士の一人が声を上げる。オーディが反抗する様子がないので、彼らも警戒はしながらも襲ってくる気配はない。
良く訓練された兵であるほど規範が高い。命令もなく無抵抗な子供を殺しにかかることはないとオーディは踏んでいた。
「ケルケに会わせろ」
「元より、ケルケ様の元にお前を連れて来いという命令だ」
「生死を問わずか?」
オーディの問いに、騎士達に含み笑いが広がる。
恐らくオーディの言う通りなのだろう。しかし彼らが返事をすることはなかった。
それでもオーディはその場で殺されることもなく、武器を取り上げられただけで、そのまま連行された。
相手が子供だからと舐めているのだろう。それは好都合だった。
正々堂々、正面から敵の懐に向かう。そのオーディの作戦通りだった。
それが最も確実で安全にケルケの元に辿り着けると考えたのだ。
大軍相手に立ち回るのはあまりに無謀というもの。
素直に騎士達に伴われてクロファリの村に入ったオーディはその情景に息を呑んだ。
元々、干し煉瓦(れんが)造りの建家ばかりの村、完全に焼け落ちることはなかったのだろう。
しかしそこかしこに戦闘の痕がある。
切り裂かれた織帳(おりとばり)に傷付いた壁、そして血溜まり。
遺体こそ見当たらなかったが何人もの死者が出ていることは明々白々。
静かなはずだ。クロファリ村は武力をもって完全に制圧されていた。
その昔、村を捨て飛び出したオーディでさえも、その悲惨な状況を目にし、苦渋がにじむ。
怒りに委(まか)せ、目の前の騎士達に斬りかかりたい。そんな衝動にかられた。しかし、今は感情で動くべきときではないと、必死に耐えた。
オーディ捕縛の報を聞いたのだろうか、村の広場にはムルトエ軍の騎士達が集まっていた。
勿論あの将軍や副官、そしてケルケの姿もあった。その傍らにはコルッシュとミルミーアの二人も。
そればかりではない。長老や村の男達の姿もある、彼らは戦いに傷付き捕縛されていた。
特に長老は一見しただけでは生きているとはわからぬほどに痛ましい姿だった。
「意外に早かったですね、オーディ君。もっと逃げ回るのかと思っていました。いえ、嘘です。君は逃げたりしませんね。君なら逆に向かってくる。そんな馬鹿でした」
にやけた笑いを浮かべたケルケの言葉にオーディは無言のままだった。そしてオーディを捕らえた騎士達によって、将軍が我が物顔で座する前に突き出された。
ムルトエ国から運んだのだろうか、三脚椅子に座ったラーク将軍の顔を、オーディは睨み付けた。
「クロエとは、なかなか気骨のある部族のようだ。この村の制圧に、我が軍が半刻もかかるとは」
将軍のそれを誇れとでも言いたげな言葉だった。しかし暗に、何人もの村人を殺したとも言っているのだ。
囚われている村人達は何も言わず顔を伏せるだけだった。村を守れなかった責任を感じているのだろう。
「貴様!」
「女子供には手を出していない。その辺りの小屋で丁重に捕らえてある」
「くそっ!」
オーディが悪態を吐くが、周りを囲む騎士団はそれを嘲笑うことはなかった。
それは彼らが戦った村人へのせめてもの敬意だととれた。
「ケルケ、この小僧を殺せば、盟約とやらが結べるのか?」
「閣下、その前に、本当にオーディが盟約者かどうか確かめませんと」
「そうか、なら早くせい」
将軍の言葉に、ケルケが例の腕輪を填めた手を掲げる。
すると目前の空間から何かが現れた。
また転移の法とかいう奇蹟の業を使ったのだろう。
空が波紋に満ちて割れる。村の広場の中空に現れたのは赤き光の円環で封じられたキャロルだった。右腕を失った彼女がぐったりとして宙に磔にされていた。
「さぁ、答えるのです地神の人形よ。この者がお前の盟約者なのですね?」
「……、あな、たに、おしえるぎ、むは、あ、りません」
「しらばくれてもわかります。クロエの族長が盟約者でなかったのですから、残るは昔に面識があったらしいオーディ以外にありません。思えば私達がお前に会ったときに気付くべきでした。それならば、塔を制圧した時点で事は足りたのです」
ケルケの言葉でオーディは気付いた。長老が他の村人よりも遙かに傷付いているのは、拷問の類を受けたからだと。
「俺ばかりか長老にまで……、貴様ら!」
「はっはっはっは。オーディ君、君はあの長老を恨んでいたのではないですか? 私が君の妹の仇を討ってあげたのです。感謝してもらってもいいのですよ。はははは」
「ケルケ殿、あの老人はまだ死んでいません。虫の息ですが」
副官のクロビスがケルケの言葉を正す。彼はケルケが小声で返した「場の空気を読んでください」という言葉は聞こえてないようだった。
「さぁ言いなさい。私を『白の塔』の主にすると。オーディ君、盟約者たる君が言えば、あの人形はその通りにする。私が君に代わり盟約者となる。それがあれの存在だ。自らの考えなどはない。主に言われた通りのことしか出来ない都合のいい存在なのだよ」
「違う! キャロルはそんな奴じゃない!」
「ほう、だったらどんな存在だっていうのです」
「あれは……、単に世間知らずの……、ただの女の子だ!」
確かにキャロルは凄い力を持っている。人には叶わぬ力を持つ人外の者なのかもしれない。
もし地神に等しき存在だと言われればオーディは首を縦に振るだろう。
たとえそうであっても、こんな奴らに利用されるだけのもの呼ばわりされる筋合いはない。オーディは本気でそう思った。
「くはっは、まぁ君の意見は勝手です。しかし、私達は君が盟約者では都合が悪いのです。さっさと譲ると言いなさい」
「嫌だ!」
盟約とは何なのか、キャロルからは何も聞いていない。しかし今ケルケに従うことが、このエルトの地に脅威を与えるものだとオーディにはわかっていた。
「オーディ。意地張るなよ。状況考えればわかるだろ!」
ケルケの後ろに控えていたミルミーアが声を上げた。その声はオーディを見下げて脅すものではなかった。
「そうですオーディ。私達は共に旅した仲ではないですか。穏便に済ませたいという私の気持ちも察してください。現在の盟約者が死ねば、次の盟約者になることは簡単なんですよ」
ケルケの言葉にオーディの目が見開いた。だからオーディの捕縛は生死を問わなかったのだ。
「オーディ」
急かすケルケの言葉。
オーディに嫌な汗が流れる。ここで首を縦に振らなければ、何の躊躇いもなくオーディは殺されるだろう。
しかしオーディが認めてしまえば、『白の塔』の力がケルケの物となるらしい。
どちらもオーディにとって最悪の選択だ。
「これで最後です。盟約者を降りなさい」
どうすればいい? オーディの中で迷いが渦巻く。
しかし、どれだけ考えてもどちらも選べない。選べるはずがない。
オーディの口元が強張って動かないのを見て、ケルケは深い息を吐いた。
「残念です。私は君が嫌いではなかったのですが、強情なのは感心しません」
ケルケの腕がオーディに向けられる。
あの腕から放たれるのは一体どんな魔法なのだろう。恐らくオーディは肉片すら残らず殺される。
死の恐怖が背筋をチリチリと焦がす。
それでもオーディは無謀な反抗に出る決意を固める。それなのに、無手の構えを取ろうと僅かに動いただけで、静観していた副官クロビスの柄が鳴る。見ればラーク将軍も動きこそないが座したまま全く隙がない。
動けばケルケではなく彼らに殺される。動かなければケルケの魔法で。
それはまさに絶体絶命だった。
オーディは後悔する。様々な後悔が駆け巡る。
しかし、一番大きな悔いは村に着く前にキャロルの右腕と交わした約束「死なないでください」それが守れそうにないことだ。同じ約束をオーディは義姉とも交わしている。
俺が死んだら、みんな悲しんでくれるのかな。オーディの心はそんな気持ちに満たされていく。
もう反抗する気は失せていた。死を受け入れてしまいそうな、静かな気持ち。
「オーディ!」
誰かの叫び。
その直後、辺りの空気が弾けるように風が吹く。赤き輝きに満ちた魔法の風が膨れ上がった。
その場にいた全ての者が凍り付いた。唯一、魔力の余波に構えをとれたのはラーク将軍と副官のクロビスだけ、並の騎士では一歩も動けなかった。
ケルケがオーディに向けていたはずの腕を、天に向けていた。そして弾ける赤き光。その宙には二本の矢。魔法の障壁がケルケに迫っていた矢を押し止めて弾き返す。
「コルッシュ! 私を、私に刃向かいましたね!」
先程までケルケの側に控えていたはずのコルッシュが、いつの間にか距離を取り、弓を構えていた。
決死の影矢撃ちを案の定止められて、コルッシュは苦い顔をしていた。
その一撃が的中しないということはコルッシュにとって死刑宣告にも等しい。
防御を終えたケルケは直ぐさまコルッシュに向け魔力の光を解き放つ。
無論、単なる弓使いのコルッシュにそれを防ぐ術はなかった。
轟音と共に、コルッシュが立っていた地面やその背後の建物、全てを薙ぎ払う赤く爆ぜる衝撃が駆け巡る。
それは一瞬。ほんの一瞬でコルッシュごと、数棟の家々が瓦礫の山と成り果てた。
オーディを含め皆、何事があったのかと唖然とするばかりだった。しかし、衝撃波によりコルッシュの体が弾け飛び、地に落ちた頃には、騎士団は剣を抜き、地に伏せたコルッシュを直ぐさま取り囲んでいた。
「その男を連れてこい! 死体でもいい!」
ケルケが鬼の形相で叫ぶ。それこそがケルケの本性だと、皆寒気がした。普段の礼儀正しい口調など仮面に過ぎない。
しばらく、ケルケの魔法の余波で周囲には立ち煙が淀んでいたが徐々に視界が戻っていく。
その煙の中、重騎士の一人に引きずられたコルッシュの姿が見えた。付けていた皮鎧とコルッシュ本人の皮も、黒く焼け焦げて無惨に引き裂かれていた。
まだ死んではないようだが、力無く一見で重傷とわかる惨状だった。
そんなコルッシュはオーディの横まで引きずり出されると投げるように捨てられた。
「コルッシュ、まだ生きていますか。なぜ、私を裏切ったのです? 私に弓を向けてただで済むと思ってはいませんよね、何のつもりです」
少し落ち着いたのか、ケルケが丁寧な口調で裏切った弓使いを問いただす。魔法に体を焼かれたコルッシュは、呻きながらも顔を上げた。そして荒い息を吐く。
「……何人、殺しちょう?」
「は?」
コルッシュの呟きに、ケルケは不快に眉をひそませた。
「村人を何人殺しちょう!」
「まさかとは思いますが、こんな辺境の原住民に同情したのですか?」
ケルケが鼻で笑う。それに堪え忍ぶように、コルッシュはゆっくりと立ち上がった。
彼の腕は肩から垂れて動かないようだ。それでもまだ心は折れていないようで、ケルケ達を鋭い眼光で睨んで見せた。
「俺っちは……、そなんつもりで、おまんらに雇われたってわけでもないがね。約束は『白の塔』陥落の助力じゃきい。村を襲うのも、子供を殺すのも俺っちは好かんぜよ!」
ぼろぼろのコルッシュはムルトエ軍一同に向け啖呵(たんか)を切って見せた。
「この状況で寝返るとは、命が要らないと見える。その子供を助けようとしたようだが、お前も同様に殺されるだけの結果に終わったな」
そう言い渡すとクロビスはその特徴的な長剣を抜き放つ。
「これでも良いとこの出じゃきい。騎士の矜持(きょうじ)ちゅうもんがあるんぜよ」
「騎士? 貴様のような小汚い傭兵がか? 笑わせるな」
「家から勘当された身じゃきい。今更、宮仕えなんちゅう柄やないきに。じゃてい、罪ない村を襲ってやりたい放題するちゅうの見置けるほど、腐っとらんぜよ。おまんら本当に騎士かや? 俺っちは教えられたぜよ。騎士っちゅうもんは国を守る盾じゃて、民を守る剣じゃて」
「はっ、処世を心得た傭兵と思っていたが、お前も単なる馬鹿だったか。いいだろう、お前もここで死ね!」
クロビスが長剣を肩に構えた。オーディ共々コルッシュを殺すだろう刃が眩しく見えた。
「コルッシュさん。すいません、俺の為に」
「いいきに、いいきに。俺っちが勝手にやったことじゃき。自業自得」
オーディは怪我をしているコルッシュを背に庇うように近付いた。武器も持たぬ子供のオーディだ。騎士団総揃いで囲んでいる今、それぐらいの動きでは警戒されずに許された。
どうせ、もう二人とも殺すのである。その程度では目くじらを立てなかったと言うべきだろう。
「コルッシュさん、まだ戦えますか?」
オーディは、コルッシュにだけ聞こえるよう出来るだけ小さな声で言った。コルッシュも小声で答える。
「この腕じゃ弓は引けんきに、オーディ、何する気じゃけえ?」
コルッシュの腕は肩から垂れたまま、全く力が入らない様子だ。弓使いの彼としてはまさに絶望的。
「時間さえ稼げば、まだ助かる可能性はあります。最後まで諦めないでください」
決意するようにオーディの口元は引き締まる。そしてオーディはただ一点、将軍をじっと見据える。
それは敵意で睨み付けるでもなく、己が意思を叩き付けるようだった。
その態度、武器を奪われ囚われて、これから処刑されようとしている人間のものではかなった。
簡易に作られた将の椅子に座して、見物を決め込んでいたラーク将軍がオーディの態度に冷ややかな視線を返す。
「何か言いたげだな小僧」
将軍の怒りに満ちた声。往生際の悪いオーディに将軍は機嫌を損ねていた。だからこそ、オーディは不敵な笑みをして見せた。
本来のオーディはそんな表情をするはずがない。それが演技だとわかる者はムルトエ軍にはいなかった。
「一騎打ちを所望する! 俺が勝てば、即刻、兵を撤退させろ!」
その言葉を発した瞬間、場が異様に静かになった。しかし、直ぐにそこかしこから嘲笑が漏れ聞こえてくる。
「はははは、頭がとち狂ったったか。なぜ閣下がお前なぞと一騎打ちする必要がある。全く馬鹿なことを」
「オーディ君。残念ですが、君ではラーク閣下に到底勝つことは出来ませんよ。これだけの力を持つ魔法使いの私がどうして、彼の配下に付いているのか。その理由ぐらいわかるでしょう?」
副官のクロビスもケルケも笑い飛ばす。
既に白き塔でラーク将軍の斬撃を目の当たりにしたのだ。オーディにも将軍の強さはよくわかっていた。
オーディの身の程知らずの発言に、ミルミーアは悲しい顔をした。関係者として将軍の実力を知っている以上、オーディが死を志願したとしかとれなかったのだ。
「小僧、なぜ私に戦いを挑む? 私が一騎打ちに応じる理由などないことぐらい、わからぬではなかろう。私が受けるとでも思ったか?」
「理由なんて関係ない! 一騎打ちで勝てる自信がないのか! 俺相手に逃げるのか?」
「言葉を慎め! ラーク閣下に何たる口の利き方!」
クロビスが怒りの声を上げる。しかし、将軍は逆に冷めた目をしていた。オーディの強がりに失望したと言わんばかり。
「小僧、それでは応じられぬな。もっと気の利いたことを言ってみせんか」
「くっ……」
やはりラーク・ザークはムルトエ軍の最高指揮官にまで上り詰めた将だ。オーディの浅はかな挑発に簡単に乗りはしない。
「閣下、こんな無礼な小僧はこれ以上、生かしておけません。私が即刻首を刎ねて」
「俺は……、武人(ハイヤー)として一騎打ちを申し込んでいる!」
クロビスの言葉を遮ってオーディが叫ぶ。
その言葉を言い終わらないうちに、場の空気が変わっていた。将軍が放つ気質が変化したのだ。配下である騎士団達ですらその気配に震え上る。
「……小僧、その言葉の意味。わかって言っているのか?」
それは怒りなのだろうか。ラーク将軍が放っているのは明らかに殺気の類だ。それにたじろぎそうになるのをぐっと耐えて
「我はオー・ディの名を持つクロファリの戦士。クロエの血と姓に賭け、あんたを倒す」
とオーディが宣言した。もうその場にオーディのことを笑うものはいなかった。騎士団は押し黙り、ラーク将軍の動向を見守っている。
「はっはっはっは。なるほど、武人(ハイヤー)か面白い。ケルケよ。この者を私が殺しても盟約とやらは解除されるのだな?」
「はい。死因は関係ありません。盟約者が死ねば、私の力で無理矢理に盟約を結ばせてみせます」
ケルケはちらりと磔にされたキャロルの方を見て言った。オーディ達の最後の望みである少女は拘束されたままだ。
「いいだろう小僧。私が直々に殺してやろう。誰か、この者の武器を持て」
村の広場が騒つきに包まれる。本当に将軍がこんな子供と一騎打ちするのかと、皆戸惑わざるを得なかった。
それでも将軍の命とあれば従うしかない。仕方がなくオーディから没収された二本の斧が投げ込まれた。オーディは躊躇いなくそれを拾い、両の斧を突き出す独特の構えを見せる。
「来い、小僧。望み通り我が宝剣レディタンスで四肢微塵に切り刻んでやろう」
オーディの構えを見て、将軍の口元が緩む。
鞘から引き抜かれた宝刀は、仄明い橙の光を発し始めていた。